ユーザー発の”住”体験が示唆する、建築業界におけるメタバース活用の可能性

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現在建設中のMetavacationResort クリエイターズマンション分譲棟(ワールド制作:苺どろっぷ)

近年、メタバース(仮想空間)の進化は目覚ましく、エンターテインメントや教育分野に留まらず、物理的な世界を扱う建築業界においても、その活用が注目されています。特に、バーチャルSNS clusterのユーザー活動(なび公運営)である「クリエイターズマンション」は、単なる仮想空間の利用に留まらない、未来の「住」と「建築」のあり方を示唆する非常に興味深い事例です。

クリエイターズマンションとは?ユーザー主導の「住」の再定義

cluster内の「クリエイターズマンション」は、特定の企業やプロフェッショナルが制作したものではなく、ユーザーであるクリエイターたちが思い思いに制作した個性豊かなバーチャルルーム(ワールド)が、集合住宅であるマンションの形式で集約され、ホールを通じて行き来できるようになっているポータル型のワールド群です。

この活動は、「仮想空間で暮らす楽しさ」をテーマにしており、マンションという形式を取ることで、それぞれの「部屋」が単なる展示スペースではなく、ユーザーにとって「帰る場所」や「自己表現の場」としての意味を持っています。

  • 独創性と技術の融合:入居者(クリエイター)は、自身のデザインセンスや建築技術(cluster内でのワールド制作スキル)を活かし、現実では不可能な構造やデザインを取り入れた独創的な空間をバーチャルに構築します。
  • 居住体験の追求:単なる風景作りではなく、アバターが生活する前提で、動線、採光、家具の配置、照明の演出など、「住空間としてのリアリティと快適性」が細部にまでこだわって設計されている事例が多く見られます。
  • コミュニティの形成:一つのマンションに集うことで、バーチャルなご近所付き合いや、内見を通じた交流が生まれ、デジタル空間における新しい「居住コミュニティ」の形を形成しています。

この活動は、ユーザー主導で「住居」の概念を再定義し、デジタル建築の可能性を非営利かつ創造的な側面から追求している点に、建築業界が学ぶべき大きな価値があります。

建築業界におけるメタバースの既存の活用とメリット

建築業界では、すでにメタバース技術(VR/ARを含む)の導入が進んでおり、主に以下の分野でビジネス的なメリットが生まれています。

デザイン・設計の高度な視覚化と合意形成

  • 実寸大レビュー:3D CADで作成した設計データをメタバースに再現することで、建築家、エンジニア、そしてクライアントがアバターとなってウォークスルーし、実寸大で空間を体験できます。
  • 早期の問題発見:これにより、2D図面や縮尺模型では気づきにくい動線、空間の圧迫感、採光や景観の問題を早期に発見・修正でき、設計の手戻りによるコストと時間の浪費を防ぎます。
  • 感覚の共有:施主や非専門家に対して、建物のサイズ感、雰囲気、材質のテクスチャといった感覚的な情報を、言葉や図面よりもはるかに正確に共有できます。

施工・安全管理のシミュレーションと研修

  • 施工手順の仮想検証:建設予定地をデジタルツインとしてメタバースに再現し、クレーンの搬入経路、資材の配置、複雑な工程における作業員の動線などを事前にシミュレーションできます。
  • 危険予知トレーニング:災害や事故のリスクが高い作業(高所作業、狭隘な場所での作業など)をメタバース内で安全に繰り返し体験することで、作業員の危険予知能力や安全意識の向上に役立ちます。

不動産・販売における顧客体験の革新

  • バーチャル内見:完成前の物件や遠方の物件を、顧客は自宅にいながらにしてメタバースで内見できます。これにより、地理的な制約を取り払い、顧客の幅を広げられます。
  • カスタムシミュレーション:バーチャルモデルルームで壁紙の色や床材、家具の配置などを即座に変更・シミュレーションできる機能を提供することで、顧客の購買意欲と満足度を高められます。

クリエイターズマンションが示唆する未来の「建築」

クリエイターズマンションの自発的な活動は、上記のビジネス活用に加え、建築業界の未来に対し、特に「居住空間のパーソナライズ化」と「ユーザー参加型デザイン」の二点で決定的な示唆を与えています。

究極のパーソナライズとデータドリブンな設計

クリエイターズマンションの各部屋が、住人の思想や趣味を極端な形で表現しているように、メタバース上の空間は、現実の物理的・コスト的制約から解放された「究極の理想空間」の集合体です。

  • 潜在ニーズの宝庫:建築家やデベロッパーは、メタバースでのユーザーの「理想の住空間」のデザイン、機能、動線のデータを収集・分析することで、現実の住宅設計における潜在的なニーズや、既存の概念にとらわれない新しいトレンドを把握できます。
  • バーチャルな試作品:ユーザーがバーチャル上で自身の住居を自由にデザインし、生活するデータを取得することは、「設計前の大規模なユーザーテスト」に等しい価値を持ちます。これにより、データを基にした、より市場性の高い住宅設計が可能になります。
  • ライフスタイルのデジタルツイン:将来的には、現実の家をメタバース上にデジタルツインとして構築し、バーチャルな「拡張空間」として活用したり、家具の配置替えやリノベーション計画のシミュレーションをバーチャルで行うことが一般的になるでしょう。

「共同創造者」としてのユーザー参加

クリエイターズマンションは、プロではなく一般ユーザー(クリエイター)が自らの手で「住居」を創造し、コミュニティを形成している点に最大の特異性があります。

  • デザインの民主化:建築業界は、「ワールドクラフト」やノーコードに近い制作ツールを提供することで、一般ユーザーや潜在顧客を巻き込んだデザインコンペや共創プロジェクトを積極的に立ち上げることができます。
  • エンゲージメントの向上:顧客は、単に完成品を「買う人」から、設計段階から意見を出し、「共に創る人(共同創造者)」へと役割が変わります。これにより、顧客は建築プロセスへのエンゲージメントが高まり、結果としてその建物への愛着や満足度が飛躍的に向上します。
  • メタバースがショールームに:クリエイターズマンションのような活動から生まれた優れたデザインや構造を、プロの建築家がインスピレーションの源として活用したり、実際に現実の建築へ落とし込むための協業が生まれる可能性も秘めています。

メタバースは「住」の概念を拡張する

clusterのクリエイターズマンションは、「仮想空間での暮らし」というユーザー発の熱量が、デジタル建築の多様性と可能性を静かに、しかし力強く体現している事例です。

建築業界がメタバースを活用する際は、単に業務の「効率化」や「コスト削減」といったビジネス的な側面に留まらず、ユーザーの「創造性」や「自己表現」といった人間の本質的な欲求をいかに満たし、新しい「住」の価値を生み出せるか、という視点が鍵となります。

メタバースは、「空間の物理的な制約」と「住まいのデザイン」の関係性を根本から見直し、建築を「専門家が造るもの」から「顧客と共に創るもの」へと変革する、大きな可能性を秘めているのです。

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